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仙台地方裁判所 昭和24年(行)43号 判決

原告 塩釜石材有限会社

被告 宮城県農地委員会

一、主  文

別紙目録記載の土地について、塩釜市農地委員会が昭和二十三年十一月十日定めた買収計画に関し、被告が、昭和二十四年三月十四日原告の訴願に対して為した裁決を取消し、かつ塩釜市農地委員会が定めた前記買収計画を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告会社訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として訴外塩釜市農地委員会は昭和二十三年十一月十日原告会社所有の本件土地について、そのうち約二反歩を訴外鈴木金五郎、うち約一反歩を訴外佐藤久治、うち約二反歩余を訴外渋谷芳雄の小作地と認め自作農創設特別措置法(以下自創法と称する)第三条第五項第四号により買収計画を定め、同日その旨公告したので、原告会社は同月二十日右委員会に異議の申立をしたところ、同年十二月一日却下の決定があり、その決定書は同月十日原告会社に送付された。原告会社は同月十日被告に対し更に訴願したところ、昭和二十四年三月一日棄却の裁決があり、その裁決書は同月十四日原告会社に送付された。

しかしながら、

一、本件土地は、もと訴外株式会社常陽銀行の所有であつたが、訴外三本木平一において昭和十七年一月中これを買受け、次いで原告会社において同年四月七日右三本木から石材採掘の目的でこれを買受け、現に石材採掘中のものであるから、農地ではない。

二、仮りに農地と言うことができるとしても、前記三名の小作地ではない。即ち

(一)  鈴木金五郎は常陽銀行が本件土地を所有していた当時、同銀行の為め本件土地を管理していた訴外斎藤某から、その一部を借受けたものであるが、斎藤は本件土地を他に賃貸する権限を附与されていなかつた。仮りに斎藤が右権限を有していたとしても、鈴木金五郎は耕作の目的に供する為めではなく、庭園用の植木を植栽するため借受けたものだからである。

(二)  佐藤久治は右三本木が本件土地を所有していた当時、右斎藤から、そこに建てた小屋を譲受けて居住しておるだけであつて、三本木から本件土地を借受けたものではないからである。

(三)  渋谷芳雄は原告会社の支配人であつて、原告会社が本件土地を取得した後、そのうち二反歩余に原告会社の為め蔬菜類をつくつておるものであり、賃借権又は使用貸借上の権利に基いて耕作しておるものではないからである。

三、仮りに本件土地が前記三名の小作地であるとしても、該農地は石材採掘により陥没の虞があるから、自創法第五条第八号同法施行令第八条第二号の準用により買収から除外せらるべきである。

四、仮りに以上の主張が理由がないとしても、本件土地の全部が買収されてしもうと、原告会社は事業の経営ができなくなり、解散の止むなき状態にたち至る。かような場合については自創法第六条の二第二項第四号の準用により買収から除外せらるべきである。

以上の次第であるから本件土地について、前記買収計画を定めたのは違法であり、被告がこれを維持して訴願棄却の裁決をしたのも違法であるから、これ等二つの処分の取消を求める為め本訴請求に及ぶと述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め答弁として原告会社主張の事実中塩釜市農地委員会が原告会社所有の本件土地について、自創法第三条第五項第四号により買収計画を定めてから(ただし本件土地を訴外鈴木規、佐藤久治及び渋谷芳雄の小作地と認めた)被告が昭和二十四年三月十四日原告会社に訴願裁決書を送付した迄の経過及び本件土地はもと訴外株式会社常陽銀行の所有であつて、訴外三本木平一、原告会社が順次これを買受けたことは認めるが、原告会社が本件土地を買受けた日及び石材採掘の目的でこれを買受けたことはわからない。本件土地は右鈴木規、佐藤久治及び渋谷芳雄の小作地である、と述べた。(立証省略)

三、理  由

訴外塩釜市農地委員会が原告会社所有の本件土地について、昭和二十三年十一月十日自創法第三条第五項第四号により買収計画を定め、同日公告したこと及びこれに対する原告会社主張の異議訴願に関する事実及び本件土地は、もと訴外株式会社常陽銀行の所有であつたが、訴外三本木平一及び原告会社が順次これを買受けたことは当事者間に争がなく、証人石川安之助及び原告会社代表者三本木平一本人尋問の結果により真正成立したと認める甲第二号証、成立に争のない甲第四号証及び証人石川安之助の証言によれば、三本木平一は昭和十七年一月七日、原告会社は同年四月十七日にそれぞれ本件土地を買受けたものであつて、同月二十日中間登記を省略して常陽銀行から直接原告会社に所有権移転登記を為したものであることを認めることができる。

一、本件土地が農地であるかどうかについて、

証人斎藤忠助、同和泉金作、同鈴木規の各証言及び検証の結果によれば本件土地は、昭和三年当時、既にその東寄約七分の部分は畑地であつたもので、杉山であつた残りの約三分の部分も昭和六年頃迄に畑地に開墾せられ、爾来畑地として耕作せられてきたものであること、尤も右畑地のうち約二反歩を耕作しておる訴外鈴木金五郎は、そこに農作物の外、草花、苗木等を植栽しておることを認めることができる。右認定をくつがえすに足る証拠はない。従つてたとえ原告会社がその主張のように本件土地を石材採掘の目的で買受けたものであつても、それが農地であることに消長をきたさないと言うべきである。

二、原告は、塩釜市農地委員会は、本件土地を訴外鈴木金五郎、佐藤久治及び渋谷芳雄の小作地と認め買収計画を定めたけれども、たとえ本件土地が農地であつても、右三名の小作地ではないと主張するのに対し、被告は、右委員会は、本件土地を訴外鈴木規、佐藤久治及び渋谷芳雄の小作地と認め買収計画を定めたものであつて、事実右三名の小作地であると争うので按ずるに、

(一)  鈴木金五郎若しくは鈴木規の分について、

証人斎藤忠助及び同石川安之助(後記認定に反する部分を除く、その除外部分は信用しない)によれば最初訴外大山清助が本件土地を管理していたが、昭和三年から訴外斎藤忠助が常陽銀行の依頼により、大山のあとを受継ぎ、その管理人になつたこと、管理人は本件土地を他に賃貸し、賃料を受取る権限を有していたことを認めることができ、証人鈴木規の証言により真正に成立したと認める乙第一、二号証、証人鈴木規並びに同斎藤忠助の証言によれば鈴木金五郎は最初右大山から本件土地のうち畑地約二反歩を借受けていたが、昭和三年頃訴外斎藤忠助が管理人になつてから更に一反歩を加え、同人から合計約三反歩を賃料は一個年一反当り金八円の割合で借受けたが、昭和二十二年秋に至り原告会社の支配人渋谷芳雄(渋谷芳雄が原告会社の支配人であることは原告会社代表三本木平一本人の尋問結果により窺われる)の要求により右のうち約一反歩を同人に返還し、残り約二反歩の耕作を継続し、訴外鈴木規はその家族として耕作に従事してきたことを認めることができる(証人鈴木規が、鈴木金五郎は大山から最初四反歩を借受けたと供述しておるが、該供述は信用しない)。原告会社代表者三本木平一本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用しない。他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

以上認定の事実を総合すれば鈴木金五郎は前記買収計画樹立当時、本件土地のうち約二反歩について賃借権を有していたこと明かである。

原告は仮りに鈴木金五郎が賃借権を有していたとしても、庭園用の植木を植栽する為に借受けたものであるから、小作地とは言い得ないと主張するけれども、前記認定のように右鈴木は賃借した約二反歩を耕作して、そこに農作物と草花、苗木を栽植しておるのであるから、該土地は小作地と言うの外はない。

(二)  佐藤久治の分について、

証人佐藤久治(後記認定に牴触する部分を除く、その除外部分は信用しない)、同斎藤忠助の各証言及び検証の結果によれば佐藤久治は原告会社から依頼され、その採掘した石材を荷馬車によつて運搬していたものであるが、昭和十八年十月頃、現在居住しておる家屋を、右斎藤から買受け、そこに引越したとき、原告会社支配人渋谷芳雄から右家屋前の別紙目録記載の(二)の畑地のうち約二反五畝歩を無償で貸与されたこと、昭和二十一年に至り右渋谷の要求により、右のうち約一反二畝歩を同人に返したことを認めることができる。右認定に反する証人渋谷芳雄の証言及び原告会社代表者三本木平一本人尋問の結果は信用しない。

(三)  渋谷芳雄の分について、

証人渋谷芳雄の証言によれば渋谷芳雄は原告会社にその設立当時(昭和十六年十月頃設立された)から勤務し、本件土地を管理していたものであつて、昭和二十年五月から昭和二十二年迄は原告会社員の食糧不足を補う為め右大山及び佐藤から原告会社に返して貰つた部分を耕作し、その後は権限なくして事実上耕作しておるに過ぎないことを認めることができる。右認定をくつがえすに足る証拠はない。

なお本件土地のうち、右三名が耕作する以外の部分を、小作地と認め得る証拠はない。

以上認定の通りであるから、本件土地のうち、右鈴木及び佐藤が耕作しておる部分は、小作地と言うべきであるべきであるけれども、それ以外の部分は、小作地とは言い得ないので、後者についてこれを法人所有の小作地として買収計画を定めたのは違法と言うべきである。

三、しかして自創法第三条第五項による農地の買収は、自作農の創設上政府において買収することが相当であると認められる場合に限つて為すことができると解すべきであるから、本件につき右鈴木及び佐藤が耕作しておる部分を政府において買収することが相当と認めることができるか否かの点について按ずるに

(一)  証人和泉金作、同斎藤忠助の各証言、原告会社代表者三本木平一本人尋問の結果及び検証の結果を総合すれば原告会社設立の目的は主として石材の採掘と販売とであつて、本件土地もその目的で買受け、昭和十七年四月以来採石しきたつたものであること、しかして本件土地は、原告会社が所有する唯一の石材採掘地であつて、ここを買収されると、その営業は成立たなくなつてしまうこと、本件土地の表土の深さは平均一尺五、六寸位で、その下は岩盤になつており、現在原告会社は本件土地の西南端から石材を採掘しておるが、それは良質のものであること、そして原告会社は表土のところにコンクリート様のかたい地層があつたことと、地上が畑になつていたので、従来地下に掘下げて採掘してきたのであるが、現在以上に掘下げると、排水設備をしたり、石材の搬出道路を設けたりするのに困難となり、それに危険も伴うことになる、のみならず経費の点から言つて採算がとれなくなるので、どうしても露天掘をしなければならぬ状況にあることを認めることができる。従つて本件土地の買収は、原告会社の事業経営を危くするものであることは明かである。

(二)  証人斎藤忠助の証言によれば本件土地は、雨が降るとすぐ水が溜り、日照のときは地割が生じ、さ程よい畑地でないことが窺われる。

(三)  証人鈴木規の証言によれば鈴木金五郎方では農業を営む外植木屋をやつておるが、終戦後本件係争地に隣接する約一反歩の畑地を買受け、そこにも草花や苗木を植栽しておる。そして植木屋による収入だけでも大体生計を維持し得ることが認められる。又証人佐藤久治の証言によれば佐藤久治は農業を営む外家畜商を営んでおるが、本件係争地の外に約二畝歩の畑を耕作しており、家畜商による収入だけでも大体生計を維持し得ることが認められる。

以上認定の事実を彼此検討して見ると本件土地の五分の三以上を占める右鈴木及び佐藤の耕作部分を買収するのは相当でないと認める。従つて塩釜市農地委員会が自創法第三条第五項第四号により、これを自作農創設上政府において買収するのを相当と認め、買収計画を定めたのは違法と言うべきである。

よつて、前記買収計画を維持し被告の為した訴願を棄却した本件裁決と右買収計画の取消を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する次第である。

(裁判官 松尾巖 片桐英才 伊藤正彦)

(目録省略)

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